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ハーバードとシカゴのMBAの教え方は、どこが違ってどこが同じなのか

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Max Beckmann / Museum of Fine Arts Boston

左の男性「ハーバードとシカゴの授業はどう違うんだい。フフン」
中央の女性「あら、世界に冠たるハーバードの授業には秘密がいっぱいよ」
右の男性その1「そのお題、ちょっとマニアックすぎないかい。みんな興味ないよ」
右の男性その2「俺もそう思うな」

ハーバードを訪問する

先日、ハーバードに在籍する友人にサポートしてもらい(対応をして下さった皆さん、有り難うございました!)、ハーバードの授業を見学させてもらいました。ハーバードの授業が他のビジネススクールの授業(私が良く知っているシカゴの授業)とどのように違うのか(あるいは違わないのか)、実際にこの目で確かめてみたかったのがモチベーションです。世界中のビジネススクールではケース(事例)を用いたディスカッションが授業に多く取り入れられていますが、その多くのケースはハーバードの教授陣(実際にはリサーチアシスタント)により作成されています。そして、ハーバードはその授業が厳しいことでも有名。ぶっちゃけ、シカゴの授業でのケースの使い方とハーバードの授業でのケースの使い方は違うんじゃないか?何か、ハーバードはやっぱり凄いことやってるんじゃないか?これは、ビジネス教育に興味を持つ私として、是非とも確かめておきたいトピックだったのです。

なお、はじめに謝罪させていただきたいのですが、この記事では「そもそもMBAでは何をやっていて」「ケースディスカッションってどんなもの」というところは省きますので、(世の中のほとんどの人である)MBA未経験者にはわかりにくいと思います。ごめんなさい。(ですので、訪れたボストン美術館のMax Beckmannの絵に、「マニアックすぎない?」と冒頭で語ってもらいました。ボストンでは、ボストン美術館を訪れよう!)

ハーバードとシカゴのカリキュラムの違い

ハーバードとシカゴは、水と油ぐらいカリキュラムの思想が真逆の学校です。おそらく、他のいずれのビジネススクールのカリキュラムもこの二校の間に並べることが出来るでしょう。簡単に比べてみると、以下のようになります。

ハーバードのカリキュラム

  • 1年生はコアが決まっており、決められた授業を固定のクラスで受ける
  • 授業はほぼすべてケースディスカッション
  • ディスカッションへの参加が成績の大きなウェイトを占める
  • 1年生の間は授業の準備としてグループワークがある(1年生の前半はグループ指定、後半は自分たちで組む)。2年生になるとグループワークは激減する
  • 1年目は週あたり12本〜15本ぐらいケースをやる。ケースを分析する上で参考になるフレームワークなどを学ぶために、ハーバード作成の「サイドノート」が付いてくることもある
  • FIELDというカリキュラムがあり、1モジュール目ではリーダーシップ開発、2モジュール目では新興国でのコンサルティングプロジェクト、3モジュール目では起業体験を行う

シカゴのカリキュラム

  • (ざっくり言うと)オリエンテーション以外、1年生のはじめから自分で授業を選べる(オリエンテーション以外固定のクラスはない)
  • 授業の進め方は、トピックや教授によりいろいろ(ケースもあればレクチャーもある)
  • ディスカッションへの参加の成績へのウェイトは教授によりまちまち(ハーバード並みにウェイトの高い授業もあるが、多くの授業ではウェイトは高くない)
  • 授業の(感覚的には)9割でグループワークが求められる。授業ごとに自分でグループを組む
  • ケースは3本〜6本ぐらい。ケースについて事前に議論するだけでなく、レポートや宿題を求められる授業が多い。ハーバードのサイドノートを配る授業もあるが、研究論文や様々な課題図書を指定されることの方が多い。
  • オリエンテーションでリーダーシップ開発をやる。コンサルティングプロジェクトや起業体験は、選択授業やクラブ活動(1年生のはじめから履修することも可能)

カリキュラム全体の印象は?

カリキュラム全体の印象としては、ハーバードの一年目は噂に違わずしんどいなというのが率直な感想です。週当たり十何本もケースをやるのは、かなり時間を使うなと。それに加えて、FIELDやリクルーティングもあるのですから、ハーバードの学生はよく勉強するというのは本当だと思います。シカゴでも、それぐらい勉強する人はいますが、全員に強制されているわけではないのでそこまでカリキュラムの負担は重くないですね。

ひとつ、カリキュラムやサポート体制で印象的だったのは、ハーバードにはレポートの書き方などをサポートしてくれるスタッフがいるそうです。シカゴでも、教授もTAも親切に対応してくれますが、英語の面倒を見てくれるスタッフはいないので、そこはうらやましいと思いました。

また、二年目になるとケース準備のためのグループワークはかなり減るという話は少し以外でした。確かに、慣れてくればケースの準備は一人でできますからね。

授業内容の比較

さて、本題の授業の比較ですが、私は1年生の授業を2つ、2年生の授業を2つ見学させてもらいました。ハーバードの特徴が出ていたのは1年生の授業(The Entrepreneurial ManagerとStrategy)だったので、こちらについて感じたことを触れてみたいと思います。

The Entrepreneurial Manager

トピックは、あるスタートアップの資金調達の選択肢について。教授が、君ならどうする?と早速生徒を指名(コールドコール)します。生徒が意見を述べますが、わずか30秒。え?それだけ?それって意見じゃなくて感想レベルじゃない?意見を厳しく求められる有名なコールドコールに期待していたのですが、少し拍子抜けです。その後、手がバババっと挙がって皆が議論をしはじめます。議論があっちに行ったりこっちに行ったりしつつ、教授がうまく意見をハンドリングし、ほとんど学生に喋らせ、最後は教授が教えたいポイントに話を持ってくる、というわけで80分の授業が終了。

Strategy

トピックは、中古車販売の会社の戦略について。教授が生徒をバシバシ当てていき、まずは業界の構造、次に会社のポジショニング、そして会社の今後についてと議論を進めて行きます。たまに業界に知見のある人が経験から意見を述べたりしますが、基本的に教授の質問に単発で学生が答えることの繰返しで授業が進行し、教授が業界の特徴について改めて議論の結論を説明して80分が終了。

ケースディスカッションの限界

ハーバードの授業で目に付くのは、教授のエネルギーレベルが高く、生徒に質問を多くするところです。学生へのプレッシャーは大きく、このエネルギーレベルの高さをMBA受験生が見学して他の学校と比べると、「ハーバードの授業は他とちょっと違うなあ」という感想になると思います。

しかし、私は本質的にはハーバードもシカゴも授業の到達点は同じで、「あるトピックについて見方と意見を養う」ところにあると感じました。ハーバードの場合はそれがケースを重視した教育法であり、シカゴは理論を重視した教育法です(こう書くとシカゴって全部レクチャーなのと勘違いする人がいるのですが、シカゴでもケースもやるしいろいろと体験型の授業もあります、念のため)。

では、ハーバードのケースを重視した教育法はどの程度教育法として有効でしょうか?ケースには、事例を追体験することでビジネスの分析能力や判断力を養うという主眼がありますが、私は、ケースを通じたビジネス教育には、2つの欠陥があると思っています。

まず、議論のコンテクストが抜け落ちてしまうという問題です。戦略論の大家で既存のMBA教育に批判的なミンツバーグ教授が「MBAが会社を滅ぼす」で詳細に議論をしていますが、ビジネスについてのストーリーや数字が詰め込まれた20ページそこらのケースをいくら読んで議論をしても、ケースには文字にできないコンテクストが欠けており、ビジネスを本当の意味で深く理解できるようになることはないというのが(少しラディカルですが)私の意見です。

MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方

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すでにシカゴで実際にケースを経験して自分はそのように思っており、ケースの生みの親であるハーバードにはそこを乗り越えるマジックがあるのかもしれないと少し期待していたのですが、そのようなマジックはないということがわかり、それはそれで私にとっては有意義でした。

唯一、ケースでその壁を乗り越える方法は、参加者が自分の「経験」をシェアすることです。ハーバードでもシカゴでも経験のシェアはありますが、少なくとも戦略やファイナンスなど、主題が決まっているトピックではその比率も低いし、「へえ」と感心する程度の情報でしかないと思います。交渉などよりヒューマンが重要なトピックで経験のシェアの比率が高ければ、ケースを用いた議論も有意義だと思いますが、私は生徒の経験のシェアだけで構成されたクラスを見たことはありません。先生に教えたいことがあってクラスが構成されており議論の対象となるケースがあるわけですから、当たり前と言えば当たり前なのですが。

二つ目の問題は、ケースの議論は、ケースの「一部」について授業中に論じることを求められることが多く、ケース全体について一貫した意見を求められないという点です。要するに、ケースの題目としては「この中古車販売業者はこれからどういう戦略をとるべきか」なんて書かれているわけですが、実際に授業では「自動車販売業界の好ましい点、競争環境は?」とか、「この会社の強みは?」とか、大きなお題目を細分化した一部について答えさせられることがほとんどです。つまり、答えやすい細かい問題にそれらしい意見を答えればそれで授業への対応としては事足りると。そんな、細かい論題にとにかく意見を述べるトレーニングをしても、口が立つようになるだけで本当にビジネスのことが深く理解できるようになるとは私は思いません。そこで、究極的には、コンテクストが欠けているとはいえ、ケースについて毎回自分でゼロから百まですべて意見を組み立てて説明を20分ぐらい求められたら教育として意味があるなと思っていたのですが、ハーバードもそこまではやっていないということがわかりました。生徒が何十人もいて授業時間は80分しかないので、物理的にできないのでしょう。

シカゴの理論や考え方を非常に重視する教え方は、これらのケースの欠点を(おそらく)踏まえてのものだと思います。100%ケースディスカッションで口だけ達者になるよりも、ケースなり論文なりを通じ、またグループで大きなトピックについてレポートを書き、物の見方の基本をじっくりと身につけた方が長い目で見たら役に立つという発想です。ただもちろん、理論でどこまで複雑なビジネスを捉えきれるのかという問題があり、究極的にはそんなことは不可能(すべてのビジネスに使える万能の思考のフレームワークは存在しない)なので、理論重視の教育にももちろん限界があります。

というわけで、いろいろと書いてきましたが、シカゴで理論重視の教育を経験してきた私にとって、ハーバードでケースディスカッションの本家を見学できたのは大変有意義でした。今回の投稿のタイトルは、ハーバードとシカゴの比較というよりも、教育としてケースディスカッションの良い点と限界という方が正確だったかもしれません。が、面倒なのでそのままにしておきます。

最後に改めて、当日対応をしてくださった多くの在校生のみなさま、有り難うございました。特に、ハーバードを批判しているわけではないので、ご容赦下さい(見学時に隣に座っていた学生に「授業を見学してHBSとChicago Boothと、どっちが良い?」と聞かれたので、「もちろんChicagoだよ」と答えましたけど(笑))。