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記事と本の紹介:帰国子女の困難と日本社会

Japan Timesに、帰国子女についての良い記事が掲載されているのを、知人からの紹介で知りました。

Kikokushijo: returnees to a country not yet ready for them

http://www.japantimes.co.jp/community/2014/05/04/issues/kikokushoji-returnees-country-yet-ready/#.U2pk3G8azCR

英語で苦労すると、自分も帰国子女なら!と思うことは多くありますが、帰国子女には帰国子女で言語、カルチャーギャップ、アイデンティティ、学びやキャリアの不連続性など多くの苦労があるのだなあと、留学前や留学後に何人か帰国子女の人たちと接して思います。

上記の記事の中に、以下のような一節があります。

"Sotaro Irie, a returnee who lived in New Jersey until senior high school, calls the adjustment period “the hardest time in my life.” He explains: “I learned that in the U.S., if you have a different opinion, you say it — there is no right answer, so you do not have to be shy or embarrassed. And, in Japan, there is a group opinion with one answer.”"

私は、この引用に記載されているような日本の暗黙の同調性(uniformity)が「大嫌い」なので、どうしたら帰国子女が日本にフィットできるようになるか、ではなく、どうしたら日本が帰国子女がフィットしやすい多様性を認める(diverse)発想になるか、という方に、挑戦してみたいと思っています。

最近若い人と話をしていて、私は学校は大人の世界よりもさらに同調性の圧力が強いのではないかと感じています。皮肉にも、最近、企業はdiverseを求めているにも関わらず、です。なぜ、学校には同調性の圧力が強いのか?学校に関わっている人は、主に、子ども、保護者、教師(教授)、職員、です。子どもは大人の影響で育つのですから、保護者や教師など大人に問題があると考えるべきでしょう。

学校の性格は企業の人材ニーズが決めていると私は考えています。diverseを主張する会社が増えているものの、「日本的」な企業が多いのが日本の実態です。そして、diverseの必要性に直接触れる人の数はまだまだ少ないので、diverseへのニーズが硬直的で変化のスピードが遅い教育までまだ波及していないと考えられます。教育は社会の価値観の縮図でもあるので、そもそもムラ社会的な発想の強い日本で教育が本当に変化できるのかには困難が予想されます。

私は、日本の日本的たる所以は江戸時代までさかのぼるムラ社会の発想にあると考えています。ムラ社会という表現は昔からありますが、最近読んだわかりやすい本としては以下の本がお勧めです。ちょっと語り口がイラッとする本ですが、人間社会の「あり方」にはそんなにたくさんパターンがなく、私たちの発想は長い歴史の集積に強く影響されていることが読み取れる本です。私はなぜか、昔からムラ社会的な発想ができない人間で、かつアメリカで日本とアメリカの違いを体験してあれこれ考えたことがあるためか、この本の主張は明快に頭に入ってきました。

いろいろと書き散らかしましたが、記事と本のご紹介でした。