みんなのウェディングに見る起業の実際

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日経ビジネス2013年12月2日号に掲載されている、「旗手たちのアリア ブライダル業界に新風 みんなのウェディング社長 飯尾慶介」(有料)という記事は、新しい事業の立ち上げプロセスを克明に描いておりとても興味深いものでした。

非繰返しゲームの情報の非対称性を解く

まず、ビジネスの着眼点。

飲食店はおいしければ毎月のように通う。クルマも何度かは乗り換える。マンションですら、買い替える人は多い。だが、結婚式は普通なら一生に一度。リピーターがほぼ存在しない産業には、サービス改善のモチベーションが働きにくいのかもしれない。
こうした商習慣が残るブライダル業界の透明性を高めるために奮闘する男がいる。飯尾慶介、38歳。結婚式場選びの口コミサイト「みんなのウェディング」を運営する。

私はこの夏に中南米を長期旅行したのですが、旅行産業についてまったく同じことを感じました。「一期一会の出会い」という言葉もありますが、旅行者にとって異国は一生に一度の訪問となることも多く、1度しか訪れない顧客に対して例えば宿泊施設ではサービス向上のモチベーションは上がりにくいと思います。そこに顧客目線で情報をまとめ、宿泊施設にマーケット原理を持ち込んだのが、TripAdvisorです。旅行をしながら、同じような情報の非対称生の問題は多くの産業でありそうだなと思いましたが、日本ではブライダル業界が該当するのですね。

事業の立ち上げは軌道に乗った後の事業運営とは異なる

そして、事業を立ち上げる時の苦労話。

2人が掲げた目標は、ユーザー本位のサービスを作ること。飯尾には「ユーザーの満足度を高められればビジネスは後からついてくる」という自信があった。そこで重視したのが、サービスの武器になる本音の口コミをいかに多く集められるか、だった。営業が得意な飯尾を中心に、口コミ集めのために全国を飛び回った。

だが食べログのような飲食店口コミサイトと違い、結婚式場は再度利用する可能性が低い。自分が利用する可能性がなければ、口コミを書く人の動機も薄れるというものだ。飯尾はパソコン教室などの場を借りて挙式を終えたばかりの新婦を集めたが、「20人集まれば大成功。2~3人しか集まらないこともあった」。

サイトを見ると、今では良質な口コミサイトとして機能していてユーザーが自発的に(あるいは式場のスタッフさんに頼まれて)コメントを書いているように見受けられます。しかし、一番はじめにサービスを始める時は、泥臭く足を運んでお願いをして口コミを集めていたのですね。先日、シカゴ大学の起業の授業で起業家の教授が「ボールをまわしはじめる」という表現を使っていました。アメリカ発の著名なオンラインサービスも、スタート時には地理的にどこかに集中してリアルな関係から地道にサービスを立ち上げて行くということがよくあります。

熱意と誠意は人を動かす

ハイアット リージェンシー 東京でブライダル部門を担当する野﨑かおりも、当初は難色を示していた1人。当時のサイトは「あまりにも式場の意見が無視されており、受け入れることはできなかった」。

(中略)野﨑は、自らブライダル業界に身を置きながら、その不透明さに疑問がないとは言えなかった。飯尾が事業の意義を熱弁すると、野﨑もそれに呼応するように式場側の不満を洗いざらい話した。飯尾はそれを真摯に受け止め改善を約束。本音の口コミについては、式場側からの意見を返信できる機能をすぐに盛り込んだ。野﨑もみんなのウェディングへの協力をその場で決断した。「誠実な飯尾さんでなければ断っていたかもしれない」と野﨑は話す。

サイトが軌道に乗るきっかけとして、ハイアットリージェンシー東京の担当者と飯尾さんのエピソードがあげられています。新しい何かを始めようとするときに、相手を動かすのは、ビジネスモデルといった堅いものだけではなく、誠実さや熱意といったソフトなものだったりするのですね。

起業家が持つビジョンへのロマン

そして最後に、このウェディング事業をDeNAから分社化する時のエピソード。

だがチャンスは再び巡ってきた。南場らDeNA幹部が、みんなのウェディングの分社化を検討していたのだ。「黒字化は達成していたものの事業規模はDeNAとしては小さく、坂東や飯尾のような優秀な人材を割り振れない」。南場は分社の理由をこう説明する。
坂東か飯尾、どちらに社長を任せるか。迷った南場は2人の意思を確認した。「DeNAでチャレンジを続けていきたい」と坂東はすぐに断りを入れた。飯尾は「もったいない話」と即答を避けた。飯尾が自ら起業しようとしていることを耳にしていた南場は再度粘った。熱意に押された飯尾は「分かりました」と快諾。南場は説得の中で飯尾が発した言葉が今も忘れられない。「僕はブライダル業界と心中する覚悟です」。

大企業では規模の小さな事業に優秀な人材とリソースを割り当てられない。だから、スピンアウトさせる。この判断は、教科書的で合理的ですが、実際にスピーディにこの判断をできる会社はそれほど多くないのではないでしょうか。

そして、最後に新会社の社長を選ぶ時。「僕はブライダル業界と心中する覚悟です」という言葉は、本当に会社を伸ばす起業家はその会社のビジョンに心の底から熱意を感じていなければならないということを思い起こさせます。大事を為そうとする起業家は、何らかの形で情熱あるロマンチストなのだろうなあと、最近強く感じています。

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