企業買収ファンドの儲けと価値(2)、株の本質

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前回に引き続き、バイアウトファンドについてです(今回の投稿は時間の関係から言葉を噛みくだずに書いているので、馴染みのない方にはわかりづらいかもしれません、すいません)。「会社を安く買って価値を付けて高く売る」とはどういうことなのか。私が、いろいろなPE投資家の話を聞き、シカゴ大学の看板教授であるKaplan教授からPEについて学んだことをまとめると、バイアウトの儲けは3つの要素に集約されます。

レバレッジアービトラージ

1980年代の第一次PEブームの時代、アメリカの産業界は今とは少し違ったようです。PE業界の人々の言葉を借りれば、「あの頃は、ずさんな経営の会社も多かったし、資本政策が非効率な企業も多かった」。業界に金字塔を打ち立てたRJRナビスコの買収劇でも、RJRナビスコがやたらたくさんプライベートジェットを保有していたという描写が出てきます。

さて、このような会社に乗り込んでPEファンドは何をしたかというと、レバレッジをかけて株価を上げました。ファイナンス的には、エクイティコスト(資本コスト)は負債コストよりも高いので、借入れを増やしてギアをかければエクイティ投資家の収益率は高くなります。さらに、借入れを増やすと金融機関に利子やら元本やらを払う必要があり、足元からキャッシュが出て行くので、経営陣も無駄なことができず、経営に規律がもたらされ、不要な資産は売り払いせっせと仕事に励むようになります。

しかし、このファイナンス手法による儲けの方法は、手法がコモディティ化するにつれて競争力を失い、また1990年代に米国企業の経営や資本政策が現代化した(1980年代に比べてかなり改善された)結果、レバレッジからPE ファンドが収益をあげることは難しくなりました。

マルチプルアービトラージ

1990年代には、PEファンドはマルチプルアービトラージにより儲けました。市場で割安に放置されている株や、シクリカルに割安な企業を買収し、マルチプルが高くなったタイミングで売る手法です。また、小規模で割安に評価されている企業を買収し、企業規模が大きくなってマルチプルが改善したところで売却するという手法もこれに該当します。しかし、市場の効率化が1990年代を通じて進んだ結果、この手法で収益を上げるのも難しくなっていきました。

オペレーション改善

そして、2000年代以降の現在においては、オペレーション改善によるリターンの確保が主流になっています。これはまさに、正面から企業の売上を増やしコストを下げて利益の厚い筋肉質な体質を目指す王道の考え方です。グローバル化の遅れている企業にグローバル化のサポートを提供して成長を目指すのも一手法です。これらを実現するために、コンサルティングや企業経営の経験者など、多様な人材がPEファンドには参画しています。しかし、投資先のオペレーションを改善するのは実際には難易度が高く、これをやりきれるPEファンドとそうでないファンドの差は開いているようです。

米国でPE業界の関係者の話を聞くと、皆が口を揃えて米国ではPEはすでに成熟した業界であると言います。PEで「美味しい」機会を見つけて利益を上げるチャンスが減ったので、それでもファンドとして成長を維持するために資産運用やアドバイザリーサービスといった分野に大手PEは進出していますが、投資効率が下がるため必ずしも投資家から歓迎はされていないようです。

バイアウトファンドは社会のためになっているのか

さて、バイアウトファンドが何で「儲け」ているかを3つの要素に分けて書きましたが、ではバイアウトファンドは社会の役に立っているのでしょうか。ひとつの見方として、まずい経営の企業に滞留しているお金を、バイアウトファンドはレバレッジといった手法で社会に吐き出し、また彼らが儲けたお金も別の投資機会を求めて動き出すので、社会の資金配分を正しているという言い方ができそうです。また、バイアウトファンドの存在自体が企業経営に規律をもたらしている(狙われないように、ちゃんと経営しないといけないというインセンティブが働く)という要素もあるかもしれません。公開企業であることのメリットが昔より薄れ、むしろ公開企業であることのコストが強調され、特に会社がドラスティックに変化しなければ行けない時は変化の意思を(多少)長い目で共有できるバイアウトファンドと組んだ方が公開企業のままより良い、そのように考える経営者も実際いるようです。バイアウトファンドが本当に経営や会社の改善に役立っているのか、というのは米国でもかなり議論があるようですが、Kaplan教授は自身の最新の論文で「バイアウトファンドは雇用を生み出している」という議論を展開していました(余談ですが、あれだけ教えことに情熱を持ち時間をかけていて、しかも多くの研究論文も公刊していて、Kaplan教授は鉄人だと思いました)。議論はあるし、難しさや非情な一面もあるけれども、存在意義はあるし世の中の役にも立っているような気がするよね、というのがアメリアにおけるPEの立ち位置のような気がします。

レバレッジで儲けることへの違和感と株の本質

さて、最後に大きな余談です。レバレッジについて、負債はエクイティよりもコストが低いので負債を増やすとエクイティにギアがかかってエクイティ投資家の儲けが増える、というのは、数字の上では正しくて、エクセルの上でも正しいのですが、個人的にはやっぱり借入れを増やして現金が会社から流出していくことが会社の価値を上げることにつながる、という論法は自分はどうも腑に落ちていませんでした。おそらく、企業買収ファンドをハゲタカと呼ぶ人が感じているだろう違和感と同じ違和感を私も感じていました。

しかし、最近、この論法は(会社がストレスを抱えすぎて潰れない限りは)確かに正しいのだなと思うようになりました。レバレッジの論法に感覚的に違和感を感じる一番の理由は、エクイティはキャッシュを流出させないが借入れはキャッシュを流出させるというところにあると思います。キャッシュは目に見えるから、借入れを増やしてキャッシュがどんどん出て行くのは何だか痛く感じます。でも、投資家の立場に立てば、貸付けよりも株式に高いリターンを求めるのは当然で、これは誰も異論がないはずです。株式が高いリターンを出すとはどういうことかといえば、要するに株価を上げる、レバレッジに依らないのであればとにかくEPSを上げていくということに尽きます。経営者は、投資家の期待に応えるためには、株価とEPSを永遠に上げ続ける必要があります。

これは、もの凄く大変なことで、株式会社は(少なくとも株式を公開している限りは)このロジックから逃げられません。しかし、株価を上げなくていいやと思ったら、その瞬間に株は借入れよりも安い調達手段になります。そして、「エクイティはキャッシュを流出させないから、何となく心地良い」と思うことは、株価を上げなくていいやと思っていることと同じです。しかしこれは、私は株主に対する裏切りだと思うし、現代の資本主義を支える基本的なメカニズムのひとつである株式と負債の役割分担を否定していることになると思います。

アメリカの株のニュースを眺めていると、リーマンショック後の最高値を更新というニュースが出てきます。どうしても高値高値というとバブルにイメージがあり、私はこれまでは「株価が永遠に上がることなどない」と感覚的に思っていました。しかし、アメリカ企業が株式会社の論理を愚直に受け入れて株価とEPSを上げ続ける努力をしているとしたらどうか。理論的には、株価が中長期的に高値を更新し続けるのは何も不思議なことではないと思うようになりました。短期的にファンダメンタルから乖離した急騰はもちろんバブルですが、長い目でみれば株が株として機能していれば株価は高値を更新し続けるはず、、です。そして、一社の事業が時代の移り変わりでいずれダメになっても、そこから退避した資金は次の成長企業を追い求め、そして次の成長企業がまた株価の高値更新を目指し続けて努力する。そして、ポートフォリオ全体として成長を目指して行く。これが、アメリカのダイナミズムなのだろうなと、株価だけでなく、アメリカのIT業界やアメリカ人のビジネスに対するアグレッシブな姿勢を見ていて思うようになりました。これはアメリカ人の欲深さから来るのか、ビジネススクールで毎年何千人何万人に資本主義を教えることを何十年もやってきたからなのかわかりませんが、アメリカ人は、「投資家はリスクをとって投資し、企業は常にリスクに見合うリターンをあげ投資家に報いるために努力する」という株の本質を理解しそのメカニズムの良い点を生かすように努力しているように思います。

翻ってみると、日本の株価は失われた20年の間ずっと低迷し続けていました。確かに、20年前のバブルはバブルでした。しかし、過去20年間の株価の低迷はそれだけが理由なのでしょうか。これは私のあくまで感覚的なものですが、日本では株の本質を理解していない人が多いような気がします。それが、ハゲタカというバイアウトファンドの一昔前の受容にも結びついていたのではないでしょうか。これから株に対する日本の受け止め方はどのように変わっていくか?それは誰にもわかりませんが、アメリカでも一昔前は非効率な経営や資本政策が多く行われていたが今は世界が変わってしまったということを考えると、日本でもバブル、バブル崩壊、そして最近の経済成長を目指す動きを踏まえて、株式に対する受け止め方が変わって行くということはあり得るように思います。

* Image courtesy of ddpavumba / FreeDigitalPhotos.net

企業買収ファンドの儲けと価値(1)

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Chicago Professional Educationは、金融・コンサルティング・マーケティングなど、さまざまな仕事のエッセンスを学べる場にしてゆきたいと思っています。ですが、今は企業価値評価(バリュエーション)プログラムを募集中なので、今回は企業買収ファンドについて書いてみたいと思います。

企業買収ファンド(バイアウトファンド)とは何か

一昔前に、ハゲタカという小説が発表され、ドラマにもなりました。小説の方は続編が出ており、四作目のグリードが最近出版されています。小説もドラマも面白く、私はこの小説を読んで投資銀行への転職を志しました(企業買収ファンドではなく)。

初期のハゲタカシリーズの主題は、企業買収ファンドです。企業買収ファンドにも実際にはいろいろと種類がありますが、シリーズで扱われているのはバイアウトファンドです。

バイアウトファンドとは、投資家からお金を集め、そのお金を使って企業を買収し、数年後に買収した企業を他社に売却するか株式市場に公開することによって、リターンを得る投資ビジネスです。米国で始まった投資手法で、米国では1980年代に最初のブームを迎えています。

潰れそうな危ない会社に襲いかかって乗っ取り、従業員をクビにしたり会社の資産を売り払ったりして会社を食い尽くす、、というネガティブなイメージがバイアウトファンドにはあり、そのためにハゲタカと呼ばれていたこともあります。このイメージは現在においては誇張で、またバイアウトの手法が穏やかになった(?)こともあり、バイアウトファンドのイメージは昔に比べると良くなっていると思います。しかし、大手バイアウトファンドでパートナーを務めていたミット・ロムニーが直近の大統領選挙に共和党候補として挑戦した時も、ロムニーは最後まで「従業員のクビを切って儲けてきた」という批判にさらされていましたし、米国においてもバイアウトファンドは理解が難しく論争になりやすいようです。

さて、初期ブームの頃の小説や映画になる世界は別として、現在のバイアウトファンドは実際にどんなことをするのでしょうか。少し、細かく見てみましょう。

お金を集める

まず、バイアウトファンドは投資家からお金を集めます。私はこんな業界に詳しく、これまでに案件で年率○○%も投資家のみなさんを儲けさせてきました。これから新しいファンドを立ち上げるので、お金を出して下さい!と投資家にお願いしてまわります。バイアウトファンドには、誰でも投資できるわけではありません。上場されている株式とは異なり、すぐに換金できないなど投資の難易度が高いため、機関投資家や年金基金などのプロが投資をします。余談ですが、アメリカの私立大学は巨額の資金運用を行っており、彼らはバイアウトファンドにも多く投資を行っています。アメリカの大学は研究者の給与水準が日本に比べると高いことや奨学金が優秀な学生に出ますが、その資金の一部はバイアウトファンドのリターンにより賄われているわけです(こちらのブログに詳しく書かれています)。

案件を探す

さて、無事にお金を集めることができたら、次は投資先の発掘です。いくら企業を買いたいと思っても、買い手を探している企業など簡単には見つかりませんので、バイアウトファンドは何年もかけて投資先と関係を構築し投資の機会を探ります。業界のカンファレンスに顔を出して見たり、候補企業の幹部をゴルフで接待してみたり、もちろん金融環境や業界について意見交換をしてみたり、買収の可能性について軽く打診してみたり、あれこれの方法で投資候補企業と関係を構築していきます。バイアウトはリレーションビジネス(投資先企業のキーパーソンとの人間関係が決定的に重要なビジネス)なので、グローバルファンドであっても実行部隊はローカルになりやすいです。

案件が出てきたら、投資を検討する

そうこうしていると、うちを買わないかという会社や株主が出てきます。理由は、会社に大きな変化が必要だけれども公開企業のままだと短期的な利益を求められてやりづらい、オーナー企業で後継者がいないのでプロに会社を委ねたい、大企業が子会社や部門を切り出すので買って欲しい、など、いろいろあります。

やった、やっと案件の話が来た!となっても、バイアウトファンドは何でも投資するわけではありません。そこで改めてさまざまな角度からデューディリジェンス(投資先の調査)を行い、その会社に投資をして儲かるか、きっちりと見定めます。さらに、自分たちの儲けを最大化すべく、投資契約の交渉をゴリゴリと行います。私はMBAで多くのバイアウトファンドの方にお会いしましたが、「ああ、この人はきっと頭も良くて交渉もうまいんだろうな」と思わせられるイカつい方が結構いらっしゃいました。

投資する側と、投資される側(あるいは株式を売却する側)が晴れて合意すれば、やっとファンドは預かったお金を使って会社を買収することができます。

投資先の価値を上げる

投資したら寝ていれば会社の値段が上がって儲けられるかというと、そんなことはありません。バイアウトファンドは、投資先の価値を上げるべく、取締役会に出て意見をしてみたり、マネジメントからアドバイスを求められたら助言をしたり、コンサルティングサービスを提供したり、買収候補の会社を見つけて来たり、投資先が企業買収に取り組む時は手伝ってみたり、どうしても投資先の成績が悪かったらマネジメントチームを入れ替えてみたり、いろいろなことをして投資先の価値が上がるように努力します。バイアウトファンドは少数精鋭なので、投資先が増えると投資先を管理するのも大変そうです。

投資先を売却する

何年かして、会社の業績が良くなったら、長く付き合ってきた投資先と涙を飲んでお別れします。ストラテジックバイヤー(投資先と一緒になるとシナジーがある事業会社)に売却する、株式公開する、他のバイアウトファンドに転売する、などの方法で投資先企業を売却してお金にかえます。投資時点に比べて業績が改善した分、会社の価値は上がっているはずなので、これで儲けがえられるはずです。バイアウトファンドは、投資先を売却できないと困ってしまいます。投資先が売れなかったので、投資先の株式を皆さんにお返ししますと言って受け取ってくれる投資家はいないからです。ですので、バイアウトファンドは投資する時点でこの会社は将来売れそうかを事前に検討します。これは、ベンチャー投資でも同じです。

投資家にお金を返す

最後に、投資家にお金を分配します。この時、儲けのいくらかをバイアウトファンドのメンバーも受け取れるように契約をしていることが一般的です。アメリカのMBA卒の一番人気の就職先はバイアウトファンドですが、給料が高いのもその理由のひとつ。私が読んだニュースでは、年棒3,500万円で就職したMBAホルダーが今年はいるとか(!)。なぜ、バイアウトファンドが儲かるかというと、投資家から高いフィー(手数料)を投資に際してとる上に、儲けが出たらその何%かをがっぽりと少人数で持って行くからです。

うまくいって投資家に儲けを還元できたファンドのメンバーは、次の資金を集めて新しいファンドを立ち上げるべくはじめのプロセスに戻ります。失敗したファンドには、もう誰も投資してくれません。プロの世界は甘くないので、別の仕事を探すことになります。

まとめ

さて、まとめるとバイアウトファンドは「会社を安く買って価値を付けて高く売る」ということを営む人たちです。では、価値を付けて高く売るって、もう少し具体的には(理論的には)どういうことなのでしょうか。長くなったので、次回に続きます。

Image courtesy of ddpavumba / FreeDigitalPhotos.net

みんなのウェディングに見る起業の実際

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日経ビジネス2013年12月2日号に掲載されている、「旗手たちのアリア ブライダル業界に新風 みんなのウェディング社長 飯尾慶介」(有料)という記事は、新しい事業の立ち上げプロセスを克明に描いておりとても興味深いものでした。

非繰返しゲームの情報の非対称性を解く

まず、ビジネスの着眼点。

飲食店はおいしければ毎月のように通う。クルマも何度かは乗り換える。マンションですら、買い替える人は多い。だが、結婚式は普通なら一生に一度。リピーターがほぼ存在しない産業には、サービス改善のモチベーションが働きにくいのかもしれない。
こうした商習慣が残るブライダル業界の透明性を高めるために奮闘する男がいる。飯尾慶介、38歳。結婚式場選びの口コミサイト「みんなのウェディング」を運営する。

私はこの夏に中南米を長期旅行したのですが、旅行産業についてまったく同じことを感じました。「一期一会の出会い」という言葉もありますが、旅行者にとって異国は一生に一度の訪問となることも多く、1度しか訪れない顧客に対して例えば宿泊施設ではサービス向上のモチベーションは上がりにくいと思います。そこに顧客目線で情報をまとめ、宿泊施設にマーケット原理を持ち込んだのが、TripAdvisorです。旅行をしながら、同じような情報の非対称生の問題は多くの産業でありそうだなと思いましたが、日本ではブライダル業界が該当するのですね。

事業の立ち上げは軌道に乗った後の事業運営とは異なる

そして、事業を立ち上げる時の苦労話。

2人が掲げた目標は、ユーザー本位のサービスを作ること。飯尾には「ユーザーの満足度を高められればビジネスは後からついてくる」という自信があった。そこで重視したのが、サービスの武器になる本音の口コミをいかに多く集められるか、だった。営業が得意な飯尾を中心に、口コミ集めのために全国を飛び回った。

だが食べログのような飲食店口コミサイトと違い、結婚式場は再度利用する可能性が低い。自分が利用する可能性がなければ、口コミを書く人の動機も薄れるというものだ。飯尾はパソコン教室などの場を借りて挙式を終えたばかりの新婦を集めたが、「20人集まれば大成功。2~3人しか集まらないこともあった」。

サイトを見ると、今では良質な口コミサイトとして機能していてユーザーが自発的に(あるいは式場のスタッフさんに頼まれて)コメントを書いているように見受けられます。しかし、一番はじめにサービスを始める時は、泥臭く足を運んでお願いをして口コミを集めていたのですね。先日、シカゴ大学の起業の授業で起業家の教授が「ボールをまわしはじめる」という表現を使っていました。アメリカ発の著名なオンラインサービスも、スタート時には地理的にどこかに集中してリアルな関係から地道にサービスを立ち上げて行くということがよくあります。

熱意と誠意は人を動かす

ハイアット リージェンシー 東京でブライダル部門を担当する野﨑かおりも、当初は難色を示していた1人。当時のサイトは「あまりにも式場の意見が無視されており、受け入れることはできなかった」。

(中略)野﨑は、自らブライダル業界に身を置きながら、その不透明さに疑問がないとは言えなかった。飯尾が事業の意義を熱弁すると、野﨑もそれに呼応するように式場側の不満を洗いざらい話した。飯尾はそれを真摯に受け止め改善を約束。本音の口コミについては、式場側からの意見を返信できる機能をすぐに盛り込んだ。野﨑もみんなのウェディングへの協力をその場で決断した。「誠実な飯尾さんでなければ断っていたかもしれない」と野﨑は話す。

サイトが軌道に乗るきっかけとして、ハイアットリージェンシー東京の担当者と飯尾さんのエピソードがあげられています。新しい何かを始めようとするときに、相手を動かすのは、ビジネスモデルといった堅いものだけではなく、誠実さや熱意といったソフトなものだったりするのですね。

起業家が持つビジョンへのロマン

そして最後に、このウェディング事業をDeNAから分社化する時のエピソード。

だがチャンスは再び巡ってきた。南場らDeNA幹部が、みんなのウェディングの分社化を検討していたのだ。「黒字化は達成していたものの事業規模はDeNAとしては小さく、坂東や飯尾のような優秀な人材を割り振れない」。南場は分社の理由をこう説明する。
坂東か飯尾、どちらに社長を任せるか。迷った南場は2人の意思を確認した。「DeNAでチャレンジを続けていきたい」と坂東はすぐに断りを入れた。飯尾は「もったいない話」と即答を避けた。飯尾が自ら起業しようとしていることを耳にしていた南場は再度粘った。熱意に押された飯尾は「分かりました」と快諾。南場は説得の中で飯尾が発した言葉が今も忘れられない。「僕はブライダル業界と心中する覚悟です」。

大企業では規模の小さな事業に優秀な人材とリソースを割り当てられない。だから、スピンアウトさせる。この判断は、教科書的で合理的ですが、実際にスピーディにこの判断をできる会社はそれほど多くないのではないでしょうか。

そして、最後に新会社の社長を選ぶ時。「僕はブライダル業界と心中する覚悟です」という言葉は、本当に会社を伸ばす起業家はその会社のビジョンに心の底から熱意を感じていなければならないということを思い起こさせます。大事を為そうとする起業家は、何らかの形で情熱あるロマンチストなのだろうなあと、最近強く感じています。

* Image courtesy of pixtawan / FreeDigitalPhotos.net

目の前の仕事に取り組むことは大事だが、本当にやりたいことを考えるのを諦めてはいけない

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こちらのブログでは、私が米国にMBA留学をしながら考えている、教育、キャリア、ビジネス、テクノロジーに関連するトピックについて、徒然なるままに書き連ねさせていただきたいと思います。初回は、キャリアをめぐるふたつの議論についてです。

キャリアをめぐるふたつの議論

「自分の理想の仕事をどうしたら掴むことができるのだろうか?」

キャリアをめぐるこの議論では、必ず、「まずは目の前の仕事を一生懸命やってみよう」「自分が本当にやりたいことを見つけよう」というふたつの意見が出てきます。思い返してみると、大学時代から今に至るまで自分のキャリアにおける判断も、このふたつの軸の中で揺れ動いてきたような気がします。そして今、私はこのふたつの意見にはどちらも真実があると思っています。

目の前の仕事に取り組むことで、自分を知る

学生時代、私は自分のやりたいことがわからず、ベンチャー企業の法人営業として働き始めました。そこで目の前の仕事に必死に取り組む中で、自分が本当に得意なこと、面白いと感じることを見出し、20代半ばで投資銀行に転職しました。一見、ベンチャーの法人営業と投資銀行はつながりが無いように見えますが、私にとってはつながりがあります。法人営業の仕事に取り組む中で、自分は、顧客企業の複雑な問題を解きほぐす面白さや、いろいろな人と出会い交渉をする面白さに気づきました。いずれも、学生の頃にはそれほど自覚していなかった面白さです。そこで、より大きな企業の課題と交渉の舞台を求めて、投資銀行への転職を志しました。まずは、自分が少しでも関心のある分野に飛び込んでみれば、仕事に取り組む中で見えてくることは、間違いなくあります。

本当にやりたいことを考えるのを諦めてはいけない

一方で、私は自分が本当にやりたいことを考え続けることも大事だと考えています。私は現在、米国にMBA留学をしており、これからのキャリアを模索する20代後半〜30代前半のMBA生と話す機会が多くあります。しかし、20代にさまざまなビジネス経験を積んできた人たちが多いにも関わらず、少なくない数の学生たちが周囲の動向や流行に影響されふらふらと卒業後の進路を決めていきます。私が大学時代に悩み、仕事に励みながらも頭のどこかに引っかかっていた、「それで、君は何がやりたいのか?」という問いに、世界から集まる30歳前後のMBAの学生たちも、同じように悩んでいるのでした。

そんなある日、英国に留学するある日本人MBA生と話していたところ、彼女はこのように言いました。

「自分が何をやりたいのか本当にわかっていれば、仕事は探せる」

目の前の仕事に励むことで見えてくる世界があることは事実です。しかし、仕事に必死に取り組んで来ただろう多くのMBAの学生たちが悩んでいる姿を見ながら、仕事にただ一生懸命取り組むだけでは自分がやりたいことには決して辿り着けず、辿り着くためには結局自分で考え続けるしかないのだと思うようになりました。

彼女は、もうひとつ面白いことを言っていました。

「30歳をすぎると、保守的になって考えることを諦める人が増えてくる」

私は、自分のキャリアについて考えることを諦めることは危険に思えてなりません。多くの企業では、40歳前後までに、企業から見た社員の選抜が行われます。もしかしたら、40代半ばには私は会社から見て不要な人材とみなされているかもしれません。どんなに努力をしても病気になるかもしれないし、あるいは、変化の早い時代に勤めている会社自体がなくなってしまうかもしれません。そうした時に、誰が自分の将来について真剣に考えてくれるでしょうか。それは、自分をおいて他にありません。そして、その瞬間が来てから自分の未来をあれこれ案じても残念ながら手遅れなのです。

これは、40歳定年制の提言にも通じる考え方かもしれません。現代では高度成長期のように会社に人生を委ねられないのなら、大変でも自分のことは自分で考えるしかないと私は考えています。

Image courtesy of Stuart Miles / FreeDigitalPhotos.net